塾長のブログ

2008年9月 4日 (木)

勉強と学び

 静かにではありますが、徐々に学びのスタイルの変革を行っています。それは「勉強から学びへ」ともいえますし、「孤学から助け合いの学びへ」ともいえるかもしれません。「勉強」には、どこまでも強制的でおもしろくなく、いやいややらされるというイメージがつきまといますが、「学び」には、もっと明るく、どこか自発的なイメージを抱きます。

 それは、人間にとって「学ぶこと」は、食べることや、眠ることと同じ、本能だと思われるからです。私には、3歳の孫娘がいますが、実に好奇心旺盛でさまざまなものに挑戦し、ものにしていきます。つくづく本能だなあと実感させられる次第です。成長とともに好奇心の対象は変化していくでしょうが、「学ぶこと」は、決してつらくてしんどいことばかりでなく大きな喜びや満足を得られるものと確信しています。ただ、それをさまたげているものとして、次のようなことが考えられます。

① 点数による序列化により、競争を「学び」の中に持ち込みすぎる。                       ② 一人でもくもくとやることを強制される。                            ③ 基礎学力不足で内容が十分に理解できない。

 まず①ですが、「学ぶこと」は本来競争とは無縁のものです。逆に競争とは対極の世界といえるでしょう。純粋に真理を追究することであり、そのことにより、知る喜びを分かち合う世界です。知識の獲得を序列化し、競わせることは「勉強」に於いてのみ、なされることです。それは、勉強には、競争に勝つ喜びを導入しない限り、モチベーションが上がらないからです。しかし、敗れた者はしめ出されてしまいます。

 次に②ですが、「一人でもくもくとやる」、これも、強制すべきものではありません。人間は社会的動物ですので、わからないことは、お互い助け合うのがいいと思います。一人でやっていますと、どうしても壁にぶち当たりますし、それをのり越えるのには限界があります。友達(場合によっては教師)の援助により、楽しく解決していくのがいいように思います。ただ、教師は、甘えや依頼心の助長につながらないよう、注意していなくてはいけないのは、いうまでもありません。このように学びの社会性を育てていくことが、学ぶことは楽しいことだと思える重要な要素だと思います。その根底には、競争ではなく、助け合いの心が流れているからです。ただ、友達や教師の援助で理解できたことをもう一度、しっかり自宅で復習するという「内化」の作業は、どうしても必要です。

 最後に③ですが、ほとんどの場合、このケースはそんなに多くはありません。援助してもらえば、だいたい理解できるものです。ただ、将来の飛躍のためには、土台はしっかりしていることにしくはありません。そのために復習の時間も設定しています。

これから、いい季節がめぐってきます。                              大いに楽しく学んでいきましょう。

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2008年7月17日 (木)

自学自習から学びあいへ

以前私は、自立心を育て自学自習できる子供を育てることが教育の目標だと思っていました。「黙々とやれ」、これが私の口ぐせでした。

しかし今その思いが大きく揺らいでいます。仲間と心を通い合わせ助け合い、お互いから様々な刺激を受け合いながらこそ、子供は成長するのだと思うようになりました。

受験学力のようなレベルの学力でもそれはいえるように思います。集団の力で伸びる、これは以前から実感していましたが、いよいよそれを確信するようになりました。

受験学力のレベルだとあらかじめ決まっている答えを探るだけですので、それこそ一人で黙々とやった方が能率が上がることもあろうかと思いますが、最近の子供たちを見ていますと、どうもそうでもないようです。

もちろん、その方が向いている子もいまして、それはそれでいいと思いますが、今まで250点ぐらいしか取れなかった子が400点近い点を取ったりするのを見ていますと、どうしても集団の力が作用しているとしか思えません。

ましてや、勉強以外の人間的な成長となれば集団の中で啓発されることがどうしても必要ですね。人間は社会的動物ですので、自立そのものも集団の中でこそ発達するようにも思います。

そうなりますと、私達の一番大切な仕事はいかにして、思いやりがあり、お互いの存在を人間として認め合い啓発しあえる集団となるように心を砕いていくかということになります。

そしてそれを、よい授業を行っていく中で生徒と共同で創造していくしかないように思います。そういう意味で、最近はやりの個別授業や習熟度別クラス編成は、勉強だけに特化したいびつな手段で、決して子供のためになるとは思えません。また学力そのものも逆に伸びないように思いますがいかがでしょう。

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2008年5月29日 (木)

美しい季節を過ぎて

4月から5月にかけては、桜、つつじ、バラと私の大好きな花々の季節です。

特につつじは、固体変化が多く、その微妙な花色の多様性に近年は、すっかりとりつかれています。

ミツバツツジ、オンツツジ、ゲンカイツツジ、アケボノツツジなど私の好きなつつじは全て、野生のつつじ達です。

彼らには、園芸種には、決して見られない野生ならではの野趣があります。

そして、山中でさまざまな花色に咲き誇っている彼らに出会う時、その多様なるゆえの美しさにうたれます。一様でない多様さということは、何か生物の本来の有り様ではないかと、この頃思うようになりました。

人間も生物の一種にすぎません。

さまざまな人々の中で暮らしてこそ、豊かな人生がおくれるのではないでしょうか。

子供達もまた同じです。さまざまな子供達の中で育ってこそ心豊かな子供が育ちます。そういう意味でも、今、全国に広まりを見せている習熟度別クラスには疑問を感ぜずにいられません。

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