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2014年5月

2014年5月13日 (火)

「自ら学ぶ意欲の心理学」  櫻井茂男著 その9

 

 

前号では、児童期(小学時代)における「自ら学ぶ意欲」に与える教育の影響を見てきましたが、今回からは青年期(中学・高校・大学)における櫻井先生のご意見を三回に分けてご紹介したいと思います。

 

 ただ、すべての内用を網羅することは、あまりにも大部の枚数となるため、勝手ながら私が大切だと思うところに絞らせていただきます。

 

・青年期前期(中学校時代)の教育

 

乳幼児期小学時代中学時代となるにつれて、教師の役割が重要になってきます。

 

小学時代の教育との大きな違いとして、先生は次の四つのことを挙げられています。

 

(一) 授業が専門家することへの対応をすること。

 

(二) 自分を見つめる作業を促すこと。

 

(三) 向社会的欲求を充実させること。

 

(四) 将来目標(人生目標)をもてるように促すこと。

 

以上の四項目の中で(一)の「授業が専門化すことへの対応」に絞って考察していきます。

 

授業の専門化における教師の留意すべき点にとして、先生は次のように言及されています。

 

 

 

(a) 子供の得意・不得意に配慮する。

 

小学時代に比べ、中学時代は授業がより専門化し、むずかしくなります。それにつれて、小学校の時はあらゆる教科がよくできた子供でも、得意・不得意の教科がはっきりしてきます。これは学習全般に対する有能感がしだいに弱まってくることを示唆しており、ショックを覚えるとともに自信を失う子供も出てきます。つまり、今までのように何でもよくできるという訳にはいかないことに絶望し、抑うつ傾向を呈するようになる訳ですが、特に完全主義傾向の強い子がそうなりやすいといわれています。

 

 このことは中学一年生にときどき見られることですが、打ち砕かれた全能感に代わって等身大の有能感を身につけたり、自分の学習に対する適性を知るチャンスでもあります。

 

「これからは、だれにも得意な教科と不得意な教科があることを理解させないといけないであろう」

 

 先生はこう述べられておりますが、私も自信を失った子供に対して同じようなことをよく口にします。

 

「世の中は分業で成り立っている。将来は自分の長所を伸ばして生きていけばいい。苦手なところは受験で足をひっぱられないくらいにそこそこ・・・。何も目のかたきにしなくてもよい」と。

 

 いささか乱暴な発言に聞こえるかもしれませんが、苦手なことにかかりきるのはいかにもつらいことで、それよりは得意なことをどんどん伸ばすほうが楽しく感じられるし、実りも多く自信もつきやすいのではないでしょうか。

 

 なお、不得意な教科に関しましては「以前の自分よりもできることに喜びを感じられる自己成長の考え」を先生は推奨されています。

 

(b) 最高段階の思考能力を駆使させる。

 

 「中学生になると、思考力はピアジェのいう最高の段階、すなわち『形式的操作の段階』に達する。この段階では、それ以前の具体的操作の段階に比べると、具体物がなくても論理的思考ができ、さらに抽象的な思考もできるようになるという。この段階で大事なことは、こうした

抽象的

(

・・・

)

(

)

思考

(

・・

)

(

)

楽しむ

(

・・・

)

ことである。数学や理科といった教科は、

考える

(

・・・

)

こと

(

・・

)

(

)

楽しめない

(

・・・・・

)

(

)

好き

(

・・

)

(

)

はなれない

(

・・・・・

)

。数学の問題の多様な解き方を考えてみるとか、理科の問題の現実への応用を考えてみるとか、多くの機会を通して、

考える

(

・・・

)

楽しさ

(

・・・

)

(

)

経験

(

・・

)

させる

(

・・・

)

ことが

重要

(

じゅうよう

)

である。有能さへの欲求はこうした思考によって、充足されることが多い」

 

先生は「最高段階の思考能力」について、このように述べられていますが、今回、私がもっとも強調したいのもこのことであります。

 

前回も少し触れましたが、抽象的思考力の弱さは常に現場で痛感しているところであります。具体的な例を挙げると理解できても、少し内容を変えるともう理解できない、つまりそれらに共通するルールがなかなかつかめない訳ですが、これではまったく応用がききません。原因はいろいろ考えられますが、前回でも触れました通り、あまりにも暗記に偏重した教育の影響があるように思えて仕方ありません。「勉強とは覚えること」、もし、子供たちがそういう先入観を抱いているとしたらこれを打ち破ることはなかなか大変です。先生も言われている通り、「抽象的な思考を楽しむこと」、「考える楽しさを経験させること」、解決策はこれに尽きると思いますが、そのためには結果を急がないゆったりとした時間が必要です。

 

 テストの結果にあまりにもこだわるあまり、つい、よく理解できていなくても解き方だけ暗記してしまおう、こういう現象は頻繁に見られるように思います。その気持ちはよくわかるのですが、抽象的思考力を育てるためには、拙速に結果ばかり追い求める心の構造を少し改めてみる必要がありはしないでしょうか。考える力が育てば、やがて大きな果実を実らせてくれるものですから。

 

 (c)自分流の学習スタイルを身につけさせる

 

「中学校時代には、個性(教科の好き嫌いや得意・不得意もその一つ)がはっきりしてくる。学習のスタイルも個性的になる。短時間で集中的に勉強する子ども、反対に長い時間をかけてゆっくり勉強する子どもがいたり、しっかりノートを作りそれに基づいて大事な知識を吸収する子供、ノートは作らずに教科書を読み込んで知識を吸収する子供がいたりする。この時期は自分に有利な学習スタイルを発見し、それを駆使して効率的に勉強することが大事になる」

 

 先生はこのように述べられて、自分に合った学習スタイルを身につけることの大切さを強調されています。

 

 こういう仕事をしていますと、「この子は勉強の仕方がわかっていません。まず、そこから教えてやって下さい」、しばしばこういうご父母の皆さんの相談を受けます。何とかしてやりたいという親御さんの気持ちはよくわかるのですが、人間に個性がある限り、万民に共通の勉強法というものはありえません。まったく基礎学力が不足している場合を除き、中学生ともなれば、自分に合った学習スタイルを自分で発見し、改善していくべきでしょう。テレビで「東大生のノート」なんかを取りあげて推奨したりしていますが、それをそのまま真似しようとしても果たしてうまくいくでしょうか、はなはだ疑問に思います。もちろんそれを参考にして、自分でもできるし、ぜひやってみたいと思うところは取り入れればいいですが、ここは自分には無理だなと思うところはいさぎよくカットすべきでしょう。勉強に限らず、スポーツでも何でも

他人

(

ひと

)

が成功しているからといって、そっくり真似をしてもまずうまくいきません。理由は考えてみればまことに明白です。その人の真似をしてうまくいくならば、この世は成功者ばかりとなってしまうからです。

 

 こういう風に考えてきますと、教える側もできるだけ子供の個性を尊重し、型にはめようとすることは極力避けるべきです。それは子供から、自ら考えるための自由と機会を奪うことになり、結果として、柔軟でしなやかな思考のできる人間が育ちにくくなるからです。逆に、少子化の中で依頼心の強まっている現代の子供たちにいかにして自ら考える力を養うかが急務ですが、そのためにはやはり結果にとらわれないこと、結果よりは過程を大切にしたスローな授業が求められているように思います。

 

(d)嫌いな勉強を好きにさせる

 

「中学校時代になると教科の得意・不得意がはっきりしてくる。そして、不得意な教科は嫌いな教科となり、自分から取り組むことが難しくなる。こうした嫌いな教科を好きにさせる(喜んで自ら学ぶようにさせる)ことはかなり難しいことではあるが、それでも教師の努

 

力によって、

好き

(

・・

)

(

)

(

)

ない

(

・・

)

けれど

(

・・・

)

(

)

(

)

(

)

自ら

(

・・

)

学べる

(

・・・

)

よう

(

・・

)

(

)

させる

(

・・・

)

ことはできる」

 

 先生も述べられている通り、嫌いな教科を好きにさせたり得意な教科にすることは、至難ですし、あえて私は、そんな道を選ばなく手もいいように思います。ただ、「好きではないけれど何とか自ら学べるようにする」ことはやはり大切で、投げてしまっては、志望する高校への進学は諦めなくてはなりません。そのために、先生は次の六つのことを挙げておられます。そのまま記します。

 

(一) やりたくないという子供の気持ちを受容する。

 

「教師に受容してもらうと、気持ちにゆとりができ、嫌いな勉強でもしてみようかな、という気になる」

 

(二) 高圧的な態度はとらない。

 

「どうしてもやらせたいという教師心(親心)はわかるが、この態度は逆効果である。子供に意地でもやるものか、という態度を形成させてしまう」

 

(三) 合理的な理由を説明する。

 

「嫌いな勉強をなぜしなければならないのか、その合理的な理由とは、中学生の場合、自分の将来目標を達成することであったり、社会人として必要な知識を身につけることであったりする」

 

(四) 将来目標をもたせる。

 

「自分が将来こうなりたいという将来目標がもてれば、その目標を達成するために、嫌いな勉強でも自らするようになる。その目標が本当に達成したい目標であるほど、自ら学ぶ傾向も強くなる。ただ、将来目標は遠い目標なので、将来目標と関連した身近な目標の設定も重要である」

 

(五) 子供の興味・関心と関連づけて教える。

 

(六) 嫌いな勉強でもその内容をきちんと理解させ、テストでよい点をとらせる。

 

今回はもっとも重要だと思われる「授業が専門家することへの対応」のみを取りあげました。後の三つ、「自分を見つめる作業を促す」・「向社会的欲求を充実させる」・「将来目標をもてるように促す」も大切ですが、紙面の都合上割愛させていただきます。

なお次回は青年期中期(高校時代)の教育について、櫻井先生のお考えを紹介致します。       

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