2009年10月10日 (土)

意欲を育てるために

 子供は幼児期にはすばらしい好奇心を見せてくれます。

見る物、聞く物全てが新しく新鮮な驚きの連続なのでしょう。

また生きる力を身につけるためにも、たくさんの情報を必要としていると考えられます。

しかし、就学期に入りますと個人差はありますが、徐々に好奇心はうすれていき、それとともに学習に対する意欲も減退していくように感じます。

あの燃えるような瞳はいったいどこへ行ってしまったのでしょう。

一つには、幼児期には自分の興味を覚える対象だけに集中していると考えられます。

就学期に入りますと苦手なことにも取り組まなくてはいけません。どうしても、しぶしぶやるという状況が生じてきます。

ここで大切なのが励ましです。

なかなか難しいことですが、決して怒ったり、自分はダメだと思わせるような言葉を言わないで下さい。

2、やりたくないという感情を理解してあげる。 

 最近読んだ本の中で、意欲を育てるために必要なこととして、次の3つのことがあげられています。
1、 自律心がある。 

2、やればできると思えている。(有能感)  

3、他人とうまくやっていくことができる。(関係性)

ここで問題になってくるのが報酬です。

 理想は、その行為をすること自体が喜びであるような状況です。

幼児期の子供の好奇心はまさにこのような状況なのでしょう。

「そのことが楽しいから学ぶ」、このような状況にある時、何らかの報酬(お金や物)を与えることはかえって本来のやる気を損なってしまいます。

「楽しいから学ぶ」から「報酬のために学ぶ」に移行してしまい、探究心はうすれ、報酬をやめると学ばなくなってしまいます。

このことはアメリカの大学でのさまざまな実験で実証されています。

 また、いたずらに競争心をあおったり、学習を強制したりすることも報酬の場合と同じようにやる気を損なうことが確かめられています。

これら外発的動機づけよりも、子ども自ら学びたいと思う内発的動機づけを育てていくことが何よりも肝要かと思います。

そのためには小さい時から大切なことは自分で決めさせ責任を持たすという真の意味での自律を促すことが大切でしょう。

また子供はさまざまなことでくじけやすいもの、そういう時は的確な励ましの言葉をぜひかけてあげて下さい。

子供はそれだけで元気になるものです。

「そうはいっても、ちっとも勉強しない子を見ているとイライラする。」

お母さんの気持ちもよくわかります。

子供がやりたくないことをやらせるにはどうすればよいのでしょう。

なかなか難しいことですが、決して強制したり、報酬を与えたりしないで下さい。

この本の著者はそういう場合の対処法として次の3点をあげています。

1、しなくてはいけない合理的な理由を提示する。

2、やりたくないという感情を理解してあげる。

3、強圧的な態度には決して出ない。

子供も自分の将来には大きな関心をもっています。

そのために学ぶことが必要と理解できればいずれ取り組み始めます。

大人が自分を理解してくれると感じた子供はそうでない子供よりももっと内発的に動機づけられ何事にも積極的に行動するようになります。

それまでじっと見守り、励ましてあげることを切にお願い申し上げます。 

                             

           ~桜美通信 10月号より~  

 

 

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2009年8月 9日 (日)

新しい試み(ティームティーチングについて)

ティームティーチングは格別目新しいことではありません。ずい分以前から学校現場でも行われています。

私も何回か試みたことがありますが、どうもうまく機能せず、これなら一人の方がいいやということで、いつの間にか止めてしまっていました。

でも、今回、妻とティームを組んでみて、そのすばらしさに初めて気付いた次第です。

基本的にちょっと遅れがちな子供をヘルプしてもらっていますが、十分に機能しています。子供たちも安心して取り組めているようです。

ところが、ここで思わぬ効果が生じてきました。

それは妻がいることで、何かアットホームな、私一人の時とは異なるあたたかな空気が流れてくることです。ある意味、このことが最大の効果かもしれません。

妻の持つ母性、それが子供達を安心させているのだとすれば、それは私には無いものですばらしいことだと思います。

ティームティーチングの成功の秘訣は互いに補完し合うティームを組むことです。1+1が3にも4にもなるようなティームが組めれば効果は絶大です。

これからも、当分、妻の支援を仰ごうと思っています。

 

 

 

 

 

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2009年7月11日 (土)

理想を求めて(ドリーム教室)

 ドリーム教室は、それぞれに可能性を秘めた子供達の芽を思いっ切り自由に伸ばしてみたいという私達の夢を託した教室です。そのために次のことを大切に取り組んでいます。
1、 自ら進んで学ぶ子を育てる。
2、 多学年が同じ教室で学ぶことにより、先輩、後輩の絆を自然な形で育てる。
3、 あたたかい雰囲気の中で、落ち着いて学ぶことができるようにする。
4、 確認のためのテスト以外、他と競わせるようなテストはいっさいしない。
5、 強制的に勉強させることはしない。

勉強は、あくまで、よりよき人生を送るために、自分の将来のためになすべきものであり、他から強制されてやるべきものではありません。

その、大原則さえ守れば子供はひとりでにどんどん学んでいく。

なぜなら子供はだれだって好奇心があり、未知のものを学びたいのだから。

それは、もはや本能といっていいのかもしれません。

いささか、理想主義的ですが、ドリーム教室はこのような考えの下で生み出された教室です。教師は手の許す限り、全員が参加しサポートします。

子供達の活き活き学ぶ姿程、私達の励ましとなるものはありません。ドリーム教室には、今、そのような姿が多く見られるようになってきました。うれしいことです。

これからも研究と改善を重ね、一歩一歩理想に近づけていきます。金曜日には山本先生が毎週実験教室を開いています。

山本先生の頭には400以上の実験の種がうず巻いているそうです。すごいですね。塾外生も大いに歓迎、どんどん参加して下さい。

理想こそ、私達の情熱の泉です。これからも「勉強とはやらされるもの、しんどいもの」このタブーに挑戦し続けていきます。 

                         桜美通信 7月号より

 

 

 

 

     

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2009年6月 6日 (土)

中間テストを終えて

 中学生は、本年度より全学年5教科を指導しています。それは最近あまりにも小学生の段階で基本的なことが身についていない子が多いからですが(例、都道府県名など)その成果もあって中間テストでは大半の子が400点を突破してくれました。(下表参照)これが大きな自信につながってくれば、さらなる飛躍が期待できます。

科目的にみますと、英語はリピーティリング、ディクテーション、シャドゥイングなどを取り入れ、全く新しい教授法を試みていますが、1年生はほとんどの子が90点を突破し、100点も4人出るなど一定の成果が確認できました。

ひき続き改良を重ね、圧倒的な本物の英語力をつけていきますのでご期待ください。ただ、反省すべき点は国語です。まだ答案を分析していませんので正確な原因は申せませんが、しっかり原因をつきとめ次に生かしていくつもりです。国語は、日本語ということでついおろそかにしがちですが、もっとも重要な科目です。

私が今までに教えてきた体験から申しましても国語が苦手だとどうしても他の教科にも悪影響を及ぼします。逆に国語が得意な子は特殊な数学や理科の一分野を除いて将来努力さえすれば確実に力をつけていき、大きな飛躍も期待できます。それ程に重要な科目ですが、国語力をつけること程難しい科目も他にありません。それでは、国語のできる子はどういう子でしょうか。私の感じていることを述べてみます。

1、 読書体験が豊富  

2、実生活での体験が豊富  

3、心が落ち着いている  

4、学校の授業がきちんと聞けている

こう書きますと、そんな子は他の教科だってできるにちがいないということになりますが、その通りです。国語の背景にはその子の実生活に取り組む姿がそのまま影響しています。国語のできる子は、たとえ子供であってもどことなく懐の深さを感じるものです。

長期的視野では、読書体験、短期的視野では授業の集中度が直接的ですが、せめて学校の授業は集中して聞いて欲しいものです。

国語の苦手な人は、まずそこから改善していくことをお勧めします。それができれば必ず期末テストで良い変化が見られますよ。

400点以上得点できた人の割合
1年 67%    2年 40%   3年 80%

                                           桜美通信6月号より

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2009年5月12日 (火)

峠にて思ったこと 

 連休を利用して家族と共に、アケボノツツジを見に石鎚山を目指しました。

残念ながら途中より濃いガスに包まれ、視界十メートル位となり止むなく引き返すことにしました。

このまま帰途につくのも癪なので、私が度々訪れる池川町の大規模林道に向かうことにしました。ここからだと向かいの山のアケボノツツジが遠望できるからです。

しかし、これも今年は寒さのせいなのか、いつもなら楽しめる鮮やかなピンクのまだら模様が全く見られません。仕方なく路傍のイタドリを採ったりしましたが、いかにも不完全燃焼です。

そこで以前行ったことのある近くの「水の峠」へ向かいました。ここに一本だけ白ヤシオがあるのを思い出したからです。花の季節には早すぎますがとりあえず行ってみることにしました。7,8年ぶりのことなのでちょっと道に迷ったりしましたが何とか無事着くことができました。ここは標高およそ千メートル、周囲の山が低く見えます。下界とはすっかり季節が異なり肌寒く、ミツバツツジが満開の時を迎えています。さっそくお目当ての白ヤシオをさがしましたが、以前たしかにあった場所になぜか見当たりません。よく見ると、ミニ八十八ヶ所ということでお地蔵さんが上下二段になってずらり並んでいます。どうもこのため取り除かれたようです。ミニ八十八ヶ所もいいけどあの大木の白ヤシオをこぐなんて・・・。いささか無念の思いをいたしましたがどうしようもありません。手持ちぶさたにぶらぶらしていますと大師堂という小さな祠がありました。以前来たときも確かにあった筈ですが、ほとんど記憶に残っていません。すぐ傍に勤皇の志士従五位中島與市郎殉難の地という小さな石碑が建っており、簡単な説明が裏に書かれていました。後でパソコンで詳しく調べたところ、いきさつは次の通りです。

『元治元年(1864年)11月、勤王の志士、中島與市郎、中島作太郎(後の信行)、細木核太郎ら三名は出身地土佐市からこの「水の峠」を越えて脱藩を謀ったが、途中辻番所でとがめられ、仕方なく番所役人を斬り関所破りをしてしまう。追っ手から逃れるべく急ぎに急いだのが祟ったのか與市郎は「水の峠」辺りで足痛に苦しみ一歩も動けなくなり、仲間二人と別れて大師堂に籠ったのだが、ついに追っ手に取り囲まれ無念のうちに自刃し果てたのだった。享年二十三歳、初冬の「水の峠」には間もなく雪の便りも聞かれようという頃であった。それにしても、難を逃れた同士中島信行は坂本龍馬の海援隊に入り、維新後は板垣退助を助けて自由党を組織し初代衆議院議長まで務めたことを思えば、與市郎の悲運は胸にせまるものを感じざるを得ない。』 以上、パソコンより。多少私が変えています。

当時の土佐藩主は前藩主山内容堂を中心に佐幕派(幕府側)であり、理想に燃える若き勤皇の志士達が次々と脱藩して行ったのはよく知られているところです。何といってもその代表は龍馬ですが、脱藩は当時死罪に当たる重罪であり、與市郎のような悲運があったことは忘れてはいけない胎動期の出来事でしょう。

それにしましても峠にはさまざまな事件がつきまといます。

近くではいの町成山にある仏ヶ峠です。ご存知の方も多いと思いますが、新之丞の悲劇はあまりにも哀れですが、また時代を越えて色々と考えさせられます。ご存知無い方のために簡単にそのいきさつを記します。

 いの町は今でこそ和紙の産地として全国的に名を知られていますが、その起源にまつわる話です。時は戦国乱世もようやくおさまろうとする頃、四国行脚の途中土佐で病に倒れた新之丞は長宗我部元親の妹養甫尼と甥の安芸三郎左衛門家友に助けられます。律儀な新之丞は病気の養生をしながら、お礼にと修善寺紙の漉き方を教えます。さらに染色法に詳しかった養甫尼と日夜研究を続け、ついに土佐和紙の起源となる珍しい七色紙の製造に成功しました。すっかり元気になった新之丞は名残りを惜しみながら故郷への帰途につくのですが・・・。

 そこで待っていたのは何というあわれな最期でしょう。

七色紙の秘法が外にもれるのを恐れた安芸三郎左衛門家友によってこの仏ヶ峠で斬殺されてしまいます。時に一五九六年旧暦三月五日の出来事です。(パソコン参照)

 そのために現在の土佐和紙が存続しているのですが、いろいろ考えさせられます。生徒の皆さんもよく考えて欲しいです。もちろん現在では決して許される行為ではありません。あくまで戦国時代での出来事です。その後、この峠にはいくつかの変死が続き火の玉が浮遊する様がふもとから見られたという伝説が残されています。

 「峠」というのは日本で作られた国字ですが、まさに山を上ってきて下る分岐点に当たります。いわば過去を見すえ、未来に繋がる接点ともいえるでしょう。そういうところで、過去このような事件が発生していることに、わたしはやはり人生を感じざるを得ません。

 ちなみに仏ヶ峠からの眺望はすばらしく、ぜひ一度訪ねて欲しい穴場です。

近くの姥ケ森へのハイキングコースも楽しめます。

                                         桜美通信5月号より

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2009年4月14日 (火)

ラーニングクラブについて

 毎週土曜日の午後6:00~8:00をラーニングクラブの活動に設定しています。

これは何かと自主的に学ぶ姿勢を育てたいという思いから作られたもので、山本先生が監修しています。

まだまだ整備途中で十分な教材や資料が揃っていませんができるだけ早く充実させていく考えです。

内容といたしましては、さまざまな参考書や問題集、英検、漢検、数研、歴研などの資料、辞典類などですが、生徒の要望があれば山本先生がパソコンからただちに必要な資料問題などもさがしてくれます。

社会や理科なども興味ある人は単に問題ができるようになる次元を超えて深めていって欲しいと思います。

人間ならば誰でも本来学びたいという本能や意欲をもっている筈です。そこを上手に育ててあげれば、学ぶことは決して辛くしんどいことではなく大いに楽しいことなんだと感じてもらえると確信しています。

現在、日本の子供は先進国の中でもっとも学ばない国の一つとなってしまいましたが、それはあまりにもテストのための無味乾燥なお勉強に堕してしまったことが大きな原因だと思います。

強制されずに学びたいことを学ぶ。この当たり前のことを今一度何としても取り返したいと思います。

それは、激しく進化するこの21世紀をたくましく生き抜いていくためにはどうしても生涯学んでいく姿勢を身につけなくてはいけないからです。

ラーニングクラブがそのための小さな第一歩になればと心から願っています。先週の土曜日、さっそく1年生が4人、2年生が1人参加してくれました。

彼らの姿が一瞬まぶしく見えました。

後は継続することを願うばかりです。

 

 

 

 

 

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2009年4月11日 (土)

ツツジ クオリアに魅せられて

私は桜、バラ、山野草など、野原を彩る花々が大好きですが、中でもツツジはその花色の多様性に於いて、もっとも心ひかれる花であります。ツツジといいましてもさまざまな種類がありますが、私がすきなのは野生のツツジでして、その中でもミツバツツジ、オンツツジあるいはこの両者の交雑種であります。これらのツツジは我が土佐の山野に昔から自生していますが、それぞれに個性があります。ミツバツツジは山野に溶け込むようにしっとりと、オンツツジはその名の通り、今まさに燃えさかっている炎のようにひときわ明るく自己主張しています。また同じ種類でも、それぞれ個性があり、花色や葉の形、大きさは微妙に異なります。中でも両者の交雑種は大きな変異を見せ、時々ハッと目を見張り立ちすくむような鮮やかな固体に出くわします。ミツバツツジの紫にオンツツジの赤が混じり、どちらの系統がより強いかによって、実にさまざまな色の変化を見せてくれます。またそれが集まり、さまざまな花色の変化の中で、全体として調和して見える時、その多様性に何ともいえない安らぎを覚えます。まさに、脳科学者茂木健一郎言うところの「クオリア」の世界です。「クオリア」とは質感という意味で、数値で表すことのできない微妙さのことだそうですが、絵画や音楽などの芸術の世界はもちろんのこと、ツツジの花の美しさもこのクオリア抜きではとうてい味わうことはできません。翻って教育の世界を鑑みましても、生徒一人一人それぞれ個性があり自己主張しています。彼らが、それぞれ大切にされ、クラスという全体の中で調和して、より大きな力を発揮できるようになることが私達の使命だと考えています。また、それは一色に染め上げるスパルタ教育とはもっとも隔たったものであり、多様性を重んじることであります。針葉樹林よりは、さまざまな木の茂る広葉樹林を目指してこれからも精進してまいります。

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2009年3月14日 (土)

激変した公立校入試

本年度の公立校の後期入試は近年になく厳しいものでした。

その内容は以下の通りです。

           募集人員 受験者 倍率

追手前(人文)     80    93   1.16

     (自科)     60    69   1.15

西   (普通区外)  12    19   1.58

小津  (普通区外)  12    19   1.58

丸の内(普通)     70    113   1.61

高知商業 (総合ビ)  84   114   1.36

      (情報シ)  14    12   0.86

      (国際コ)  14    16   1.14

高知工業(機械)   20    30   1.8

      (電気)    20    17   1.25

      (情技)   20    27   1.5

      (工科)   20    20   1.05

      (土木)   20    17   0.85

      (建築)   20    12   0.6

      (総デ)   20    26   1.3

上記の通り、人気高への過度の集中が見られる一方、佐川高や須崎高では以下の通り大幅な定員割れが生じています。

佐川高         60    23   0.38

須崎高         80    30   0.39

このような二極化傾向は、学区制の廃止とともに、さらに進んでいくものと思われますのでこれら人気高への受験希望者は1年生からのしっかりした学習が要求されます。私達も今までの考えを思い切りチェンジし、心を引き締めて新学期に臨みます。

 

 

 

 

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がんばった2人

高専に合格したH君とM君のその後のがんばりには、私達もすっかり驚かされました。彼らは、推薦合格しましたが、合格した後猛烈に勉強を始めたのです。その真剣さは、これから受験に向かう他の生徒たちを十分に凌ぐものでした。

授業のある日はもちろんのこと授業のない日まで塾にやってきて、山本先生をつかまえては高校数学に挑戦していました。その情熱の火付け役はどうも山本先生だったようですが、それにしても、2人の姿には私もすっかり胸打たれました。「学問に目覚める」まさにそのように私には映りました。何せ入学者の2割は落伍するという高専のこと、進学後無事ついていけるか心配でしたが、どうもそれも杞憂に終わりそうでホッとしています。2人の将来に栄光あれ!!

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2008年11月20日 (木)

固さとやわらかさ

私は居酒屋が大好きでよくでかけます。

なんとなくあのざわめきの中にいると、心が和みます。一人で行っても十分楽しめます。ではどうして居酒屋はくつろげるのでしょう。

それはやはり、あらゆる人たちが集まるからだではないでしょうか。一般のサラリーマンや教師もいれば庭師もいます。タクシーの運転手もいれば大工さんもいます。まことに人種のるつぼです。そしておたがいにその存在を認め合って、今宵ひと時を楽しくすごします。

そこには、おたがいの相互作用があります。そこに私はあるやわらかさを感じます。この相互作用ということがどうもやわらかさのポイントのようです。相互作用がなければ固さを感じます。

世の中にはいろんな組織があります。やわらかい組織もあれば固い組織もあります。命令の服従が絶対の軍隊や警察はいかにも固そうです。国でいえば、民主国家はやわらかくて独裁国家は固いイメージです.。人でも他人の話を受け付けない頑固なひとはやはり固いですね。

では学校はどうでしょう。現在の日本の学校は生徒がみんな黒板の方をむいていて、先生の教えを一方的に受けるという相互作用はあまり受けにくい形式で、やはり固さを感じます。

そこへいくと、欧米、とくに北欧などの学校は机の配置からして全然違っており、生徒どうしの意見交換が活発にできるようになっています。大いにやわらかさを感じます。

21世紀は共生の時代だとよくいわれます。しかしそのためには、互いが互いを認め合うことが大前提です。日本もそろそろ学校制度を根本的に考え直す時にきているのではないでしょうか。

では塾はどうでしょう。学校よりは自由度が大きくやわらかいと思います。でも様々な塾があるので一概にはいえません。やわらかさということは、教育にとってもっとも大切な要素です。多様性の源でもあります。今、塾のなすべきことは、相互作用を大切にし多様性に溢れる子供を育てることではないかと不肖,私は思っています。学校には制約があります。その点、塾は自由です。理想を追求してこそ塾の存在意義はあるのではないでしょうか。

かくいう私はどうでしょう。やはりちょっと固そうですね。

                                     

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