2012年3月10日 (土)

H君の教えてくれたこと

   

 中学2年生のH君、この頃、教室での様子が別人のように変わってきました。
以前は得意科目の理科以外は授業が始まるとすぐにうとうとし始め、そのまま
にしておけば、本格的な居眠り状態に入るのが常のことでした。やらなければ
いけないという気持ちはあるようなのですが、授業開始とともに、頭と体に眠
りのスイッチが入ってしまい、いかんともしょうがないという塩梅でした。こ
んな状態では学ぶ以前の問題で、とても学力うんぬんといえる筈もありません。
ところが、こんなH君がこのところ、俄然頑張りだしたのです。背筋をしゃん
と伸ばし、以前のように机にダラリと伏せるようなことは決してありません。
それどころか、学び方も以前とは比べようもないくらい積極的になってきまし
た。きらいな科目でもくいついてきますし、理解しようと努めている様がよく
伝わってきます。何よりも授業に集中している様子がすばらしい。そして理解
できない時は、私のところまで質問にくるまでになったのです。一体、何が彼
をここまで変身させたのでしょう。
 理由はいろいろ考えられますが、そんなことよりもっとも大切なことは、人間
は変わることのできる存在だということを身をもって教えてくれたことです。
私達は、ともすれば現在の子どもの状態だけで、その子どもの将来まで推し量
るという過ちを犯しがちです。しかし、そんな固定的な見方では子どもはうか
ばれません。今回のH君のように予想を見事に裏切ってくれるということは、
身も心も成長著しい中学生では、当然起こり得ることですし、またこれ程うれ
しいことはありません。

 やはり、育てるということは、親も教師も長い目で、その時節が到来するの
をじっと辛抱強く待つ、このことが何よりも肝要かと思います。「人間は成長
する」、こう思って眼前の嵐に耐えること。これもまた易しいことではありま
せんが、短期をおこしたり、いたずらに焦ったりしますと、大切な将来の芽を
摘みとってしまうことにもなりかねません。H君は改めて、このことを私に教
えてくれました。大感謝です。

最後に、ドリーム国語教室用に購入したミヒャエル・エンデ作「モモ」より
私がすばらしいと感じたところを抜粋いたします。

― 道路掃除夫のベッポの言葉 ―

「なあ、モモ、」とベッポはたとえばこんなふうにはじめます。「とっても
長い道路をうけもつことがあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとても
やりきれない、こう思ってしまう。」

しばらく口をつぐんで、じっとまえのほうを見ていますが、やがてまたつづ
けます。

「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目
をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへっていない。だ
からもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてし
まいには息がきれて、動けなくなってしまう。道路はまだのこっているのに
な。こういうやり方は、いかんのだ。」

ここでしばらく考えこみます。それからようやく、さきをつづけます。

「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩の
ことだけ、つぎのひと

呼吸

(

いき

)

のことだけ、つぎのひと

(

)

きのことだけを考える
んだ。いつもただつぎのことだけをな。」

またひと休みして、考えこみ、それから、

「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事
がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」

そしてまたまた長い休みをとってから、

「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶおわっ
とる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからんし、息もきれてない。」

ベッポはひとりうなずいて、こうむすびます。

「これがだいじなんだ。」

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2011年10月28日 (金)

ドリーム教室でのできごと

 最近、ドリーム教室でちょっとしたうれしい変化がありましたので書いてみます。それは、社会の授業のことでした。ドリーム教室では、週に1度、理科と社会の時間を1時間ずつ設けています。理科は実験、観察を中心に、社会は週1時間ですので私のまとめたプリントをテキストを読みながら、穴埋めや記述をしていくというものです。そして、翌週に確認テストを行っています。

 もちろんこのテストは、他と競わすためのものではなく、順位などはいっさい発表しないようにしています。だから、初めの内は、ほとんどの者は半分ぐらいしかとれず、私もどうしようかと迷いましたが、それでも追試は行いませんでした。

 それは、追試のためのにわか勉強になってしまうことと、罰による強制からはプラスになることはほとんど得られないと思ったからです。つまり、「学ぶことは辛いこと、しんどいこと」ということがすりこまれることを恐れたからです。

 いろいろ考えている内に、中3の補講が忙しくなり、社会は妻と交代しました。

 すると、どうでしょう。たちまち、全員が100点もしくは、それに近い点数をとるようになってしまったのです。このことには何か大切なヒントが隠されているように思い、妻や子供達にいろいろと尋ねてみました。妻がいうには、今やっている社会の意義をきちんと生徒に伝えたこと、テスト前の勉強をいっさい禁止したこと(私の場合は、1~2分は許していた)だけだそうです。生徒の話によるとやはり、テスト前の勉強の時間がなくなったことを言っていましたが、私の時も、よく勉強していた子が「みんな成長したがよ」と言ってくれたことは正直嬉しく思いました。

 そこで、これらの話を総合して、私なりに次のように考えました。

 恐らく、私よりは妻の方が子供達にとって、親しみが強く感じられるのではないでしょうか。やはり、母性の力は偉大です。だから、この強い絆をベースにして妻が心を込めて言ったことが、子供達のハートをとらえたのだと思います。

 やはり、教師にとって一番大切なことは専門的な知識も、もちろんですが、子供達との信頼関係だと思います。それも、親近感というようなものが、特に小学生では大切ではないでしょうか。父性では、小学生の場合、母性にたちうちできないように思います。小学生を受けもっている男の先生は、大いにユーモアのセンスを磨く必要があるかもしれません。

 このテストでは、子供達は、個人の点数よりは、みんなの合計点数を自然に目標にして行ったようです。そして、数日前から互いに質問をして答えあうという光景が見られるようになりました。

 やはり、私は競争よりは協同によって子供達の意欲は高まるように思います。

互いに教えあったり、尋ねたりすることが気軽にできる雰囲気の中でこそ、子供達はのびのびと自分の力を伸ばしていけるのでしょう。そして、そういう雰囲気のクラスをつくることが私に課せられたもっとも大きな仕事だと思っています。

 「学ぶことは、決して辛いこと、しんどいことではない。人間の中には、本来好奇心があり自分自身の成長と発達をめざす積極性が備わっている」

 私の考えていることは全て、この点から出発しています。これをくずしてしまえば教育は成り立ちません。そして、それを達成していく道は、競争よりは協同の中に、互いに助けあい、励ましあって共に伸びるという社会性の中でこそ見出されるように思います。

 なお、社会の授業内容につきましては、はなはだ理想とは遠くまだまだ研究が足りません。ただ、私の今の関心は、どのようにすれば、子供一人一人の意欲を育てられるのか、しばらくはここに集中していきたいと思っています。

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2011年3月18日 (金)

個性について

 ~塾内通信 3月号より~

 最近よく、個性を伸ばす教育が叫ばれていますが、個性とはいったい何なのでしょう。

個性教育といえば、とかく芸術・スポーツなどに焦点がおかれますが、私はそういうことだけでなく、その子が生まれながらに持っている気質のようなものだと考えています。

活発で動き回る子は、将来スポーツ好きになることはもちろん、明るくて元気な子供に育つでしょう。

しかし、授業中は、ちょっと落ち着かないかもしれません。

ひっこみ思案の子は、スポーツは苦手でも絵を書くのが上手だったり、作文を書かせればピカ一だったりするものです。

勉強の面でもさまざまな個性が見られます。

私達は昔から親や先生達に「コツコツ頑張りなさい」とよく言われてきました。ご父母の皆様にも覚えがおありではないでしょうか。

しかし、30年以上教えてきた私の実感としましては皆が皆コツコツできる訳ではないと、どうしても思えるのです。

特に苦手な科目を根気よくコツコツと学習できる子は忍耐心という大切な要素を生来(あるいは周りの励ましも手伝って)持っている子供です。

しかし、全ての子が嫌いな科目をコツコツ学べるかといえば、ほとんどの子は、宿題をやるのがせいぜいというところです。それで、受験学年になってあせって復習したりします。

理屈では分かっていても頭がいうことを聞かないのです。

では、コツコツ学習できない子は学習面では期待できないのでしょうか。

“決してそんなことはない”これが私の実感です。

いや、それどころか難問に挑戦したり、いわゆる創造力を必要とする問題に果敢に、時には嬉々として取り組む子は、えてして後者、つまり興味のない事はやろうとしない「アンチコツコツ型」に多いようです。

しかし、こういう子は自分の興味のある対象となりますと、それこそ夢中になってやったりします。

ノーベル賞を受賞するような人の子供時代を見ましても、学校の成績はある科目はズバ抜けているが、それ以外は普通、あるいはそれ以下ということがよくあります。

つまり、興味のないことには学習意欲が湧いてこないということでしょう。個性(気質)というものは、ほとんどは生得的なものであり、一生を通じて続くといわれています。

(

それならば、それを親や教師は認めてやり“自分の小さな型にはめこまない”この事こそ真の個性教育なのではないかと、この年になってやっと痛感している次第です。

、私は“コツコツ勉強しろ”とは言わないようにしています。  

爾来

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2010年12月 8日 (水)

集団と個

現在、全国的に個別式の塾が増えています。

しかし、私はこのシステムには大いに疑問を感じています。

人間は元来、社会的存在なので、授業もやはり、集団の中で学ぶのが自然だと思うのです。

集団の中でお互いに切磋琢磨し合い、励まし合って全員が伸びていく。

こういう塾を創っていくことが私の理想とする塾です。

この中でこそ、子供達の社会性も育っていくと考えます。

個別方式は勉学のみに特化した方式で、一見、効率がよいように見えますが、「みんなで共にがんばる」という社会性がなくその伸びにも限界があるように思います。

勉強はまず自分の将来を切り拓くためにやりますが、友達同士教えあったりする中でつちかった、共にがんばるという意識は大きなエネルギーを発揮するものです。

自分のためだけの勉強より大きな力が出るものです。

しかし、そうなるためには、大きな条件があります。それは一人一人が個として自律していかなくてはいけないということです。

「烏合の衆」ではいけません。集団ではあるが一人一人が個として輝いている。

そういうクラスではなくてはいけません。

そういうクラスをつくることが私達の仕事だといっても過言ではありません。

「集団授業の中で一人一人きめ細かく」この難問に、これからもスタッフ一同全力で取り組んでいきます。

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2010年1月16日 (土)

有機農法と教育

先日、茂木健一郎の「プロフェッショナル」という番組で有機農法を取り上げていました。埼玉県(だったと思いますが)で有機農業を40年に亘って研究しているある人が取り上げられていましたが、その情熱と研究のすばらしさにすっかり感銘致しました。

さまざまな挫折を乗り越えて、今ではその作物を買うために行列ができるほどのブランド品に成長していますが、これは全て本人のたゆまぬ研究と周りの人々の援助、励ましのお蔭だと思います。

そこには、高い理想と不屈の魂があり、それはその人の「ベストを尽くして我慢する」という言葉によく象徴されています。農業は天候により大きく左右されますので、いつもいい時ばかりとは限りません。その時はじっと我慢して次の年に期待するのでしょう。

私はこの番組を見ていて、有機農業が驚く程私の理想とする教育に似ていることに気付かされました。有機農法では何といっても大切なのは土づくりです。自家製の堆肥を作り、たんねんに土づくりを行います。そうすると、柔らかい、微生物いっぱいのほかほかとした土ができ上がります。こういう土であってこそ、おいしくて、丈夫な作物ができるのだそうです。化学肥料だとチッ素、リン酸、カリのみになってしまい、その他の微量元素が不足して、どうしても丈夫でおいしい作物はできないそうです。

ひるがえって教育を見てみましょう。

私はこの土づくりはクラスづくりにぴったり当てはまるように思います。前向きで、あたたかくて、集中力のあるクラス、お互い学び合い、共に成長できるクラス、それぞれがそれぞれの目標を持ち、自分の可能性を信じ、自主的に取り組んでいけるようなクラス。クラス全体にあたたかさと落ち着きを感じさせるようなそういうクラスができ上がりますと、まさに理想の土といえるでしょう。

そういう土壌ができ上がりますと、子供は放っておいてもどんどん自主的に学ぶようになりますが、これはまさに作物が一人でに丈夫に健康に育っていく事に例える事ができるでしょう。私達の仕事のほとんどは、このようなクラスづくりにあるといっても過言ではありません。こういうクラスができ上がって始めて集団の力が発揮できます。一人でもくもくとやることも大切ですが、ともすれば不安になったり挫けそうになったりするものです。そういう時、隣にすばらしい仲間がいれば乗りこえられます。互いに学び合う事で効率も上がります。そして何といっても集団でそれぞれの目標に向かって努力する事で志気が上がります。こういう学びの社会性を育てる事が、私の目標としているところです。しかし、こういうクラスを作るのはやはり容易な事ではありません。そのために私が心がけているのは以下のことです。
(1)自主性を育てる。
(2)やればできるという自信を持たす。
(3)仲のいいクラスをつくる。

さらに(1)のためには次の事に注意しています。
   ・強制は極力避ける。
   ・競争を主な動機づけにはしない。
   ・解ける、分かる喜びを大切にする。

(2)のためには
   ・数学は無学年方式の進級式オリジナルプリントを完備する。
   ・英語は発話の機会を多くもち、スラスラ読める楽しさをまず味わってもらう。
   ・英語も数学も後から入塾した生徒は基礎からしっかりやり直す。

再び有機農法を見てみましょう。

土づくりがうまくいきましても、さまざまな問題が次々に発生していきます。害虫や病気、天候などです。有機農業なので農薬はいっさい使えません。そこで、アイガモを放したり天敵の昆虫を活用したり、ある作物のわきに病気に強い別の作物を混植したりあらゆる智恵をしぼったノウハウを駆使していきます。ここのところは、教育ではどうでしょう。いいクラスができ上がったとしましてもやはりさまざまな問題は発生してきます。

例えば、学習の遅れている生徒の対策、集中力のない生徒の対策などですが、私達はこのような生徒もきちんと授業に参加できるようにティームティーチングを活用しています。これによってぐんと集中力が増してきましたし、毎週土曜日に行っているラーニングクラブで遅れている分を補う事もやっています。

まだまだやるべき事はたくさんあり道は遠いのですが、進むべき道は明確に見えています。それは化学農業ではなく有機農業への道です。農業における土づくりのような原則的な事は時代がいかに変わろうとも不変なように思います。

これからも大いに研鑽を重ね、この道を確実に歩んで行きたいと思っています。 

 

                               桜美通信 1月号より  

 

 

 

 

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2009年10月10日 (土)

意欲を育てるために

 子供は幼児期にはすばらしい好奇心を見せてくれます。

見る物、聞く物全てが新しく新鮮な驚きの連続なのでしょう。

また生きる力を身につけるためにも、たくさんの情報を必要としていると考えられます。

しかし、就学期に入りますと個人差はありますが、徐々に好奇心はうすれていき、それとともに学習に対する意欲も減退していくように感じます。

あの燃えるような瞳はいったいどこへ行ってしまったのでしょう。

一つには、幼児期には自分の興味を覚える対象だけに集中していると考えられます。

就学期に入りますと苦手なことにも取り組まなくてはいけません。どうしても、しぶしぶやるという状況が生じてきます。

ここで大切なのが励ましです。

なかなか難しいことですが、決して怒ったり、自分はダメだと思わせるような言葉を言わないで下さい。

2、やりたくないという感情を理解してあげる。 

 最近読んだ本の中で、意欲を育てるために必要なこととして、次の3つのことがあげられています。
1、 自律心がある。 

2、やればできると思えている。(有能感)  

3、他人とうまくやっていくことができる。(関係性)

ここで問題になってくるのが報酬です。

 理想は、その行為をすること自体が喜びであるような状況です。

幼児期の子供の好奇心はまさにこのような状況なのでしょう。

「そのことが楽しいから学ぶ」、このような状況にある時、何らかの報酬(お金や物)を与えることはかえって本来のやる気を損なってしまいます。

「楽しいから学ぶ」から「報酬のために学ぶ」に移行してしまい、探究心はうすれ、報酬をやめると学ばなくなってしまいます。

このことはアメリカの大学でのさまざまな実験で実証されています。

 また、いたずらに競争心をあおったり、学習を強制したりすることも報酬の場合と同じようにやる気を損なうことが確かめられています。

これら外発的動機づけよりも、子ども自ら学びたいと思う内発的動機づけを育てていくことが何よりも肝要かと思います。

そのためには小さい時から大切なことは自分で決めさせ責任を持たすという真の意味での自律を促すことが大切でしょう。

また子供はさまざまなことでくじけやすいもの、そういう時は的確な励ましの言葉をぜひかけてあげて下さい。

子供はそれだけで元気になるものです。

「そうはいっても、ちっとも勉強しない子を見ているとイライラする。」

お母さんの気持ちもよくわかります。

子供がやりたくないことをやらせるにはどうすればよいのでしょう。

なかなか難しいことですが、決して強制したり、報酬を与えたりしないで下さい。

この本の著者はそういう場合の対処法として次の3点をあげています。

1、しなくてはいけない合理的な理由を提示する。

2、やりたくないという感情を理解してあげる。

3、強圧的な態度には決して出ない。

子供も自分の将来には大きな関心をもっています。

そのために学ぶことが必要と理解できればいずれ取り組み始めます。

大人が自分を理解してくれると感じた子供はそうでない子供よりももっと内発的に動機づけられ何事にも積極的に行動するようになります。

それまでじっと見守り、励ましてあげることを切にお願い申し上げます。 

                             

           ~桜美通信 10月号より~  

 

 

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2009年8月 9日 (日)

新しい試み(ティームティーチングについて)

ティームティーチングは格別目新しいことではありません。ずい分以前から学校現場でも行われています。

私も何回か試みたことがありますが、どうもうまく機能せず、これなら一人の方がいいやということで、いつの間にか止めてしまっていました。

でも、今回、妻とティームを組んでみて、そのすばらしさに初めて気付いた次第です。

基本的にちょっと遅れがちな子供をヘルプしてもらっていますが、十分に機能しています。子供たちも安心して取り組めているようです。

ところが、ここで思わぬ効果が生じてきました。

それは妻がいることで、何かアットホームな、私一人の時とは異なるあたたかな空気が流れてくることです。ある意味、このことが最大の効果かもしれません。

妻の持つ母性、それが子供達を安心させているのだとすれば、それは私には無いものですばらしいことだと思います。

ティームティーチングの成功の秘訣は互いに補完し合うティームを組むことです。1+1が3にも4にもなるようなティームが組めれば効果は絶大です。

これからも、当分、妻の支援を仰ごうと思っています。

 

 

 

 

 

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2009年7月11日 (土)

理想を求めて(ドリーム教室)

 ドリーム教室は、それぞれに可能性を秘めた子供達の芽を思いっ切り自由に伸ばしてみたいという私達の夢を託した教室です。そのために次のことを大切に取り組んでいます。
1、 自ら進んで学ぶ子を育てる。
2、 多学年が同じ教室で学ぶことにより、先輩、後輩の絆を自然な形で育てる。
3、 あたたかい雰囲気の中で、落ち着いて学ぶことができるようにする。
4、 確認のためのテスト以外、他と競わせるようなテストはいっさいしない。
5、 強制的に勉強させることはしない。

勉強は、あくまで、よりよき人生を送るために、自分の将来のためになすべきものであり、他から強制されてやるべきものではありません。

その、大原則さえ守れば子供はひとりでにどんどん学んでいく。

なぜなら子供はだれだって好奇心があり、未知のものを学びたいのだから。

それは、もはや本能といっていいのかもしれません。

いささか、理想主義的ですが、ドリーム教室はこのような考えの下で生み出された教室です。教師は手の許す限り、全員が参加しサポートします。

子供達の活き活き学ぶ姿程、私達の励ましとなるものはありません。ドリーム教室には、今、そのような姿が多く見られるようになってきました。うれしいことです。

これからも研究と改善を重ね、一歩一歩理想に近づけていきます。金曜日には山本先生が毎週実験教室を開いています。

山本先生の頭には400以上の実験の種がうず巻いているそうです。すごいですね。塾外生も大いに歓迎、どんどん参加して下さい。

理想こそ、私達の情熱の泉です。これからも「勉強とはやらされるもの、しんどいもの」このタブーに挑戦し続けていきます。 

                         桜美通信 7月号より

 

 

 

 

     

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2009年6月 6日 (土)

中間テストを終えて

 中学生は、本年度より全学年5教科を指導しています。それは最近あまりにも小学生の段階で基本的なことが身についていない子が多いからですが(例、都道府県名など)その成果もあって中間テストでは大半の子が400点を突破してくれました。(下表参照)これが大きな自信につながってくれば、さらなる飛躍が期待できます。

科目的にみますと、英語はリピーティリング、ディクテーション、シャドゥイングなどを取り入れ、全く新しい教授法を試みていますが、1年生はほとんどの子が90点を突破し、100点も4人出るなど一定の成果が確認できました。

ひき続き改良を重ね、圧倒的な本物の英語力をつけていきますのでご期待ください。ただ、反省すべき点は国語です。まだ答案を分析していませんので正確な原因は申せませんが、しっかり原因をつきとめ次に生かしていくつもりです。国語は、日本語ということでついおろそかにしがちですが、もっとも重要な科目です。

私が今までに教えてきた体験から申しましても国語が苦手だとどうしても他の教科にも悪影響を及ぼします。逆に国語が得意な子は特殊な数学や理科の一分野を除いて将来努力さえすれば確実に力をつけていき、大きな飛躍も期待できます。それ程に重要な科目ですが、国語力をつけること程難しい科目も他にありません。それでは、国語のできる子はどういう子でしょうか。私の感じていることを述べてみます。

1、 読書体験が豊富  

2、実生活での体験が豊富  

3、心が落ち着いている  

4、学校の授業がきちんと聞けている

こう書きますと、そんな子は他の教科だってできるにちがいないということになりますが、その通りです。国語の背景にはその子の実生活に取り組む姿がそのまま影響しています。国語のできる子は、たとえ子供であってもどことなく懐の深さを感じるものです。

長期的視野では、読書体験、短期的視野では授業の集中度が直接的ですが、せめて学校の授業は集中して聞いて欲しいものです。

国語の苦手な人は、まずそこから改善していくことをお勧めします。それができれば必ず期末テストで良い変化が見られますよ。

400点以上得点できた人の割合
1年 67%    2年 40%   3年 80%

                                           桜美通信6月号より

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2009年5月12日 (火)

峠にて思ったこと 

 連休を利用して家族と共に、アケボノツツジを見に石鎚山を目指しました。

残念ながら途中より濃いガスに包まれ、視界十メートル位となり止むなく引き返すことにしました。

このまま帰途につくのも癪なので、私が度々訪れる池川町の大規模林道に向かうことにしました。ここからだと向かいの山のアケボノツツジが遠望できるからです。

しかし、これも今年は寒さのせいなのか、いつもなら楽しめる鮮やかなピンクのまだら模様が全く見られません。仕方なく路傍のイタドリを採ったりしましたが、いかにも不完全燃焼です。

そこで以前行ったことのある近くの「水の峠」へ向かいました。ここに一本だけ白ヤシオがあるのを思い出したからです。花の季節には早すぎますがとりあえず行ってみることにしました。7,8年ぶりのことなのでちょっと道に迷ったりしましたが何とか無事着くことができました。ここは標高およそ千メートル、周囲の山が低く見えます。下界とはすっかり季節が異なり肌寒く、ミツバツツジが満開の時を迎えています。さっそくお目当ての白ヤシオをさがしましたが、以前たしかにあった場所になぜか見当たりません。よく見ると、ミニ八十八ヶ所ということでお地蔵さんが上下二段になってずらり並んでいます。どうもこのため取り除かれたようです。ミニ八十八ヶ所もいいけどあの大木の白ヤシオをこぐなんて・・・。いささか無念の思いをいたしましたがどうしようもありません。手持ちぶさたにぶらぶらしていますと大師堂という小さな祠がありました。以前来たときも確かにあった筈ですが、ほとんど記憶に残っていません。すぐ傍に勤皇の志士従五位中島與市郎殉難の地という小さな石碑が建っており、簡単な説明が裏に書かれていました。後でパソコンで詳しく調べたところ、いきさつは次の通りです。

『元治元年(1864年)11月、勤王の志士、中島與市郎、中島作太郎(後の信行)、細木核太郎ら三名は出身地土佐市からこの「水の峠」を越えて脱藩を謀ったが、途中辻番所でとがめられ、仕方なく番所役人を斬り関所破りをしてしまう。追っ手から逃れるべく急ぎに急いだのが祟ったのか與市郎は「水の峠」辺りで足痛に苦しみ一歩も動けなくなり、仲間二人と別れて大師堂に籠ったのだが、ついに追っ手に取り囲まれ無念のうちに自刃し果てたのだった。享年二十三歳、初冬の「水の峠」には間もなく雪の便りも聞かれようという頃であった。それにしても、難を逃れた同士中島信行は坂本龍馬の海援隊に入り、維新後は板垣退助を助けて自由党を組織し初代衆議院議長まで務めたことを思えば、與市郎の悲運は胸にせまるものを感じざるを得ない。』 以上、パソコンより。多少私が変えています。

当時の土佐藩主は前藩主山内容堂を中心に佐幕派(幕府側)であり、理想に燃える若き勤皇の志士達が次々と脱藩して行ったのはよく知られているところです。何といってもその代表は龍馬ですが、脱藩は当時死罪に当たる重罪であり、與市郎のような悲運があったことは忘れてはいけない胎動期の出来事でしょう。

それにしましても峠にはさまざまな事件がつきまといます。

近くではいの町成山にある仏ヶ峠です。ご存知の方も多いと思いますが、新之丞の悲劇はあまりにも哀れですが、また時代を越えて色々と考えさせられます。ご存知無い方のために簡単にそのいきさつを記します。

 いの町は今でこそ和紙の産地として全国的に名を知られていますが、その起源にまつわる話です。時は戦国乱世もようやくおさまろうとする頃、四国行脚の途中土佐で病に倒れた新之丞は長宗我部元親の妹養甫尼と甥の安芸三郎左衛門家友に助けられます。律儀な新之丞は病気の養生をしながら、お礼にと修善寺紙の漉き方を教えます。さらに染色法に詳しかった養甫尼と日夜研究を続け、ついに土佐和紙の起源となる珍しい七色紙の製造に成功しました。すっかり元気になった新之丞は名残りを惜しみながら故郷への帰途につくのですが・・・。

 そこで待っていたのは何というあわれな最期でしょう。

七色紙の秘法が外にもれるのを恐れた安芸三郎左衛門家友によってこの仏ヶ峠で斬殺されてしまいます。時に一五九六年旧暦三月五日の出来事です。(パソコン参照)

 そのために現在の土佐和紙が存続しているのですが、いろいろ考えさせられます。生徒の皆さんもよく考えて欲しいです。もちろん現在では決して許される行為ではありません。あくまで戦国時代での出来事です。その後、この峠にはいくつかの変死が続き火の玉が浮遊する様がふもとから見られたという伝説が残されています。

 「峠」というのは日本で作られた国字ですが、まさに山を上ってきて下る分岐点に当たります。いわば過去を見すえ、未来に繋がる接点ともいえるでしょう。そういうところで、過去このような事件が発生していることに、わたしはやはり人生を感じざるを得ません。

 ちなみに仏ヶ峠からの眺望はすばらしく、ぜひ一度訪ねて欲しい穴場です。

近くの姥ケ森へのハイキングコースも楽しめます。

                                         桜美通信5月号より

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